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京都地方裁判所 昭和61年(行ウ)27号 判決

原告

小畠信吉

右訴訟代理人弁護士

高田良爾

右同

村松いづみ

被告

中京税務署長

安田功

右指定代理人

山口芳子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告が、原告に対し、昭和五八年三月四日付でした原告の昭和五四年分ないし昭和五六年分の所得税更正処分のうち、別表1の右各年分の各確定申告欄記載の総所得金額を越える部分並びにこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は、看板業を営む者であるが、昭和五四年ないし五六年(以下「本件係争各年分」という)の所得税の確定申告から裁決までの経緯と、その内容は、別表1に記載のとおりである(以下、各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分を「本件各処分」という)。

(二)  しかし、本件各処分には以下の違法事由があり、取り消すべきである。

(1) 本件各処分は、被告部下職員が原告の住居兼作業所に無断で立ち入る等違法な調査に基づくものである。

(2) 本件各処分は原告の所得を過大に認定した違法がある。

(三)  よって、原告は、被告に対し、本件各処分のうち別表1の各年分の確定申告欄記載の額を越える部分の取消を求める。

二  被告(答弁・主張)

1  答弁

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)を争う。

2  被告の主張

(一) 職員の立ち入り行為

(1) 職員の立ち入り行為は、質問検査権を行使するに当たって、その相手方である原告がその店舗内に現在するか否かを確認するためになされたものであって、質問検査権の行使そのものでないことは明らかである。

したがって、職員の立ち入り行為が仮に違法であっても、このことから直ちに質問検査権の違法な行使とはいえない。

(2) 職員の立ち入り行為が仮に違法な質問検査権の行使であったとしても、以下に述べるとおり、このことから直ちに課税処分の違法が導かれるものではない。

イ 税務調査は、抽象的には存在する納税義務確定のための具体的な事実の存否を調査するための事実行為であって、課税処分とは本来的に別個のものであって、課税処分の要件ではない。

ロ 課税処分は、申告とあいまって客観的・抽象的には既に成立している租税債務を具体的に確定させる手続きであるから、当該課税処分が違法であるか否かは当該処分によって確定された課税標準に相当する所得が客観的に存在するか否か、または税額が正当であるか否かにかかっているのであって、質問検査権の行使の違法から直ちに課税処分の違法が導かれるものではない。

ハ 職員は、立ち入り行為によって、何らの資料も収集しておらず、本件各処分は、原告の取引銀行等の反面調査によって収集した資料に基づいて行ったものであり、違法な手続きによるものではない。

(二) 課税の経緯

(1) 被告は、本件係争各年分についての原告の申告に係る所得金額が適正なものかどうかを確認するため、部下職員を原告の所得税調査に当たらせた。

(2) 右職員は、税務調査のため、昭和五七年四月一二日から昭和五八年二月二四日までの間に計八回にわたり、原告方店舗に臨場し、調査に協力して帳簿書類等を提示するように求めた。ところが、原告は、多忙を理由に調査を拒絶したり、昭和五七年四月二八日に、右職員が原告方作業場入口付近に立ち入ったことについての釈明を求めるばかりで帳簿書類等の提示を拒否するなどして、調査に協力しなかった。

(3) 以上の経緯により、被告は、やむを得ず、推計の方法により算出した所得金額に基づき、本件係争各年分の課税処分を行った。

(三) 事業所得金額

原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表2のとおりであり、その各範囲内の金額で被告がなした本件各処分はいずれも適法である。その算定方法は次のとおりである。

(1) 売上金額

被告が把握しえた金額であり、その明細は別表3のとおりである。

なお、同表のNo.113及びNo.114は、いずれも伊藤光代及び柳原日出雄から京都銀行白梅町支店の原告名義当座預金へ振込入金された金額である。

また、No.115「その他の売上金額」の内訳は、別表4のとおりであって、右当座預金並びに京都中央信用金庫村松支店、京都銀行修学院支店及び京都信用金庫円町支店における原告名義の各普通預金への入金額である。

(2) 算出所得金額

原告の係争各年分の算出所得金額は、係争各年分の売上金額に別表5ないし7の同業者の各年分の同業者所得率(売上金額から売上原価及び一般経費を控除した金額を売上金額で除した割合)を乗じて算出した。

(3) 特別経費

イ 地代

原告が渡辺直子に支払った金額である。

ロ 支払利子割引料

原告が、京都銀行白梅町支店及び京都信用金庫円町支店に支払った金額であり、その明細は、別表8のとおりである。

(四) 推計の合理性

被告は、本件係争各年分の事業所得金額を算定するに当たり、同業者所得率を適用したが、その選定の経緯及びそれに基づく推計は、以下に述べるとおり合理的である。

(1) 大阪国税局長は、原告の事業所の所在地を所轄する被告を含む京都市内の各税務署長に対し、本件係争各年分について、青色申告により所得税の確定申告をしている者で、次の①ないし⑤のすべての条件を満たす者をすべて抽出するよう通達指示したところ、右各税務署長が右抽出基準に従って抽出し得た同業者は、別表5ないし7記載のとおり、計八名であった。

① 京都市内に事業所を有していて看板業を営んでいること。

② 他の業種目を兼業していないこと。

③ 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

④ 不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

⑤ 本件係争各年分の売上金額が、いずれも一、七〇〇万円以上七、八〇〇万円未満であること。

右売上金額の範囲は、事業規模の類似性を担保するため、原告の売上金額を基準に上限を昭和五四年分のおおむね二倍、下限を昭和五五年分のおおむね半分としたものである。

(2) 右の基準は、原告と業種、業態、事業場所及び事業規模等において類似性があり、しかも、その申告の正確性について担保された青色申告者であるから、その算出所得率算定の基準となる資料はすべて正確なものであり、その同業者の抽出過程は、大阪国税局長の通達に基づき機械的になされたものであって、その抽出には恣意の介在する余地は全くない。

(3) したがって、被告が右により選定された同業者の算出所得率の平均値を用いて原告の本件係争各年分の算出所得率を推計したことは合理的である。

三  原告(被告の主張に対する認否)

(一)  被告の主張(一)を争う。

(二)  被告の主張(二)(1)のうち被告が部下職員を原告の所得税調査に当たらせたことを認め、その余の事実は知らない。

(三)  被告の主張(二)(2)、(3)の事実を否認ないし争う。

(四)  被告の主張(三)(1)の事実のうち、No.113,114,115を否認し、その余を認める。

(五)  被告の主張(三)(2)の事実を否認する。

(六)  被告の主張(三)(3)の事実を認める。

(七)  被告の主張(四)の事実を争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因(一)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二被告主張(二)の推計課税の必要性について検討する。

被告が部下職員を原告の所得税調査に当たらせたことは、当事者間に争いがない。

右争いがない事実及び〈書証番号略〉、原告本人尋問の結果(但し、措信できない部分を除く)、弁論の全趣旨を総合すれば、被告部下職員が、税務調査のため、昭和五七年四月一二日から同月一九日まで前後三回に亘り原告方店舗に臨場したが、原告は多忙を理由に調査を拒絶したこと、同月二八日に原告の在、不在を確認する目的で、原告の意思に反して同店舗内の内扉の止め金を外して原告方店舗内に無断で立ち入ったこと、同日以降原告方店舗に二回臨場したが、原告は、同月二八日における被告部下職員の原告方店舗への立ち入り行為に対する抗議に終始し、帳簿書類等を一切被告部下職員に提示せず、税務調査に協力しなかったことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲証拠に照らし、措信できない。したがって、被告が原告の本件係争各年分の所得税を算定するについて、推計課税の必要性が認められる。

三職員の立ち入り行為の検討

1  職員の立ち入り行為が質問検査権行使の違法性を基礎付けるか否かの検討

右二認定の各事実によれば、職員が昭和五七年四月二八日原告の在、不在を確認する目的で原告方店舗内の内扉の止め金を外して、同店舗内に無断で立ち入った行為は、所得税法二三四条一項に基づく質問検査権の範囲内の正当な行為とはいえず、これが違法な立ち入り行為であると認められる。

所得税法二三四条は、職員が所得税の調査に必要があるときは、納税義務者等に質問し、又は帳簿書類その他の物件を検査することと定めており、この質問検査権は、その性質上、質問または検査を受ける者または物件の所在場所への立入権を前提としたものであって、職員に立入権を認めたものといえる。したがって、職員の立ち入り行為は、質問検査権そのものではないが、その前提をなすもので、その違法は、質問検査権行使の適法性に影響を及ぼすこともあると考えられる。

しかしながら、前示二認定の昭和五七年四月二八日の立入行為は、違法であるが、この立入行為に基づき被告の所属職員が何らかの資料収集など違法な質問検査権を行使したものと認めるに足る的確な証拠がないから、本件につき被告に違法な質問検査権の行使があったものとはいえない。

2  違法な質問検査権の行使と課税処分の違法性の関連性の検討

税務調査は、納税義務確定のための具体的な事実の存否を調査するための事実行為であって、課税処分とは本来的に別個のものであること、課税処分は、申告とあいまって客観的・抽象的には既に成立している租税債務を具体的に確定させる手続きであるから、当該課税処分が違法であるか否かは当該処分によって確定された課税標準または税額の客観的な存否ないしその正誤にかかっていることに照らすと、本件においては、前示のとおり既に質問検査権の違法な行使自体が認められないけれども、たとえ、質問検査権の違法な行使があったとしても、そのことのみから、直ちに、課税処分が違法となるものではない。それは、違法な調査のみに基づいて更正がなされた場合は、適法な調査をしないで更正をしたものとして更正自体が違法となる場合があり得るに過ぎない。そして、本件各処分が前示違法な調査のみに基づき行われたものであることを主張せず、調査手続きの違法のみを理由として、本件各処分の取消しを求める原告の主張は主張自体失当であるし、本件全証拠によっても、本件各処分が右違法な調査のみに基づきなされたものと認めるに足りない。

四被告主張(四)の推計の合理性について検討する。

〈書証番号略〉、証人堀茂仁の証言、弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足る証拠がない。

1  大阪国税局長は、被告の主張(四)(1)のとおり通達指示し、被告は、右の抽出基準に従って八名の同業者を抽出し、右の同業者について本件係争各年分の算出所得金額を調査した上、同業者の算出所得率を求め、別表5ないし7に記載の結果を得た。

2  右認定の事実によれば、同業者の所得率等算出の対象となった同業者の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近接性等の点で同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、その抽出作業につき被告あるいは大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右の調査の結果の数値は青色申告書に基づいておりその申告が確定しているので正確性が高く、抽出した同業者数も八名であることから、同業者の個別性を平均化するに足るものということができる。したがって、右同業者の平均算出所得率を算出し、これに原告の後示認定の売上金額を乗じて原告の本件係争各年分の算出所得金額を推計することに合理性があるというべきである。

五事業所得金額

1  売上金額

(一)  別表3に明細を記載した売上金額のうち、No.113,114,115を除き当事者間に争いがない。

(二)  No.113の検討

〈書証番号略〉、証人堀茂仁の証言、弁論の全趣旨を総合すれば、訴外伊藤光代名義の株式会社京都銀行本店の普通預金口座(以下「伊藤預金」という)から出金され、別紙のとおり、一三回にわたって、原告名義の株式会社京都銀行白梅町支店の当座預金口座(〈書証番号略〉、以下「原告白梅口座」という)に振込入金されていること、伊藤預金には、原告の取引による売上金が振り込まれていることが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠がない。

別表1

課税の経緯

(単位 円)

年分

区分

受理又は

送付年月日

事業所得金額

税額

過少申告加算税

54

確定申告

55.3.13

1,502,000

0

更正

58.3.4

8,484,604

1,398,600

69,900

異議申立

58.4.28

1,502,000

0

異議決定

58.7.25

棄却

審査請求

58.8.24

1,502,000

0

裁決

61.9.30

棄却

55

確定申告

56.3.12

1,724,344

6,900

更正

58.3.4

5,994,640

711,800

35,200

異議申立

58.4.28

1,724,344

6,900

異議決定

58.7.25

棄却

審査請求

58.8.24

1,724,344

6,900

裁決

61.9.30

棄却

56

確定申告

57.3.12

1,795,500

8,100

更正

58.3.4

7,433,370

1,067,300

52,900

異議申立

58.4.28

1,795,500

8,100

異議決定

58.7.25

棄却

審査請求

58.8.24

1,795,500

8,100

裁決

61.9.30

棄却

したがって、別表3No.113は原告の売上金額と認められる。

(三)  No.114の検討

〈書証番号略〉、証人堀茂仁の証言、弁論の全趣旨を総合すれば、原告白梅口座に、昭和五六年一二月一一日「ヤナギハラヒデオ」名義で一〇〇万円が振替入金されていること(〈書証番号略〉の三八枚目)、右振替入金手続きは、伊藤預金からの一〇〇万円の払戻し手続きと同時に「柳原秀雄」名義で振込入金手続きがなされていること、その普通預金払戻請求書及び振込依頼書(〈書証番号略〉の一三枚目及び一四枚目)の筆跡は酷似しており、さらに同号証の二枚目ないし一二枚目の各書面の筆跡とも酷似していることが認められる。したがって、別表3No.114は、伊藤預金からの払戻金であり、原告の売上金額と認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、前掲証拠、弁論の全趣旨に照らし遽かに措信し難く、他にこれを覆すに足る証拠がない。

(四)  No.115の検討

〈書証番号略〉、証人堀茂仁の証言、弁論の全趣旨を総合すれば、原告には本件事業収入以外に収入がないこと、原告白梅口座、京都中央信用金庫村松支店、京都銀行修学院支店及び京都信用金庫円町支店における原告名義の各普通預金口座に、原告名義の各預金間の預け替えではないことが明らかな現金入金及び支払者不明の小切手入金、振込人不明の振込入金が、別表4のとおりなされていることが認められ、右認定に反する証拠は認められない。したがって、別表3No.115は、原告の売上金額と認められ、原告の本件係争各年分の売上金額は、別表2①に記載のとおりとなる。

2  算出所得金額

前記の売上金額に、前掲四の同業者の算出所得率の平均値(算出所得率)を本件係争各年別に乗じて計算すると、原告の所得金額は別表2③に記載のとおりとなる。

3  特別経費

別表2④に記載の特別経費は、当事者間に争いがなく、支払利子割引料の明細は、別表8のとおりである。

したがって、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、前記の算出所得金額から特別経費を除いた額である別表2⑤に記載のとおりであると認められる。

六よって、本件各処分は、いずれも右に認定の原告の本件係争各年分の事業所得金額の範囲内でなされた適法なものであって、調査の違法ないし過大認定の違法をいう原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官菅英昇 裁判官岡田治)

別紙〈省略〉

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